2012年7月29日日曜日

『有機溶剤ブルース』

 16の頃の俺とヒデは、本物の馬鹿だった。なんてったて、シンナーが最高のご馳走だったんだから、我ながら馬鹿だ。セックス、ドラッグ、ロックンロールが不良のセオリーだが、その頃の俺とヒデは、オナニー、シンナー、またオナニーだった。

 どうにもシンナーが手に入らなくて、シンナーの代用品であったトップコートにも飽き飽きしていた麗らかな春の日。どうにか入学出来た高校にも行かず春眠を貪りまくっていた俺の部屋に、フラリと春風の精霊の如く、足音一つ立てずに現れたヒデは、俺の起床を『カメレオン』の単行本を読み耽る事で待ち続けた。高校にも行かず、定職にも就いていないヒデにとって時間は腐る程あるシロモノだった。
 『いいとも』のテレフォンショッキングが終わる頃、俺がようやく目を覚ますと、ヒデは寝ぼけ眼の俺に、とある計画を持ち掛けてきた。
「シンナー、パクりに行こうよ」
 そのあまりにド直球な申し出に、半ば寝惚け状態の俺が脊髄反射よろしく、激しく魂を共鳴させたのは、何もシンナー欲しさの禁断症状の為ばかりではなかった筈だ。
「どっからパクるの?」
 魂を共鳴し合わせているソウルメイト達の話は早い。
「○○塗料ってあんじゃん」
「あるな」
「そこ」
「よっしゃ、決定!」
 まるでドミノ倒しの様に二人の計画がパタパタと決定していく。決行は早速、その日の夜に決定。上記の様な綿密なミーティングを終えた俺は再び春眠。ヒデは『カメレオン』読破の続きにとりかかった。因みに『カメレオン』を読み終えたヒデは、俺が寝ているのをイイ事に遊人の『ANGEL』読破に取り掛かる。途中、目が覚めたが、『ANGEL』で、文字通り身も心も熱くなっているヒデに気付いた俺は、そこは大人のマナーをわきまえつつあった16歳。勿論、寝たふり。しかし、しきりにポコ○ンの位置を正しにかかるヒデに俺は一抹の不安を抱く……。

 よもや、このままココで富士山登頂を狙うワケではあるまいな……

 人の心とは脆きもの。疑心はやがて暗鬼を生む。つい先程、お互いの魂を共鳴し合わせたソウルメイトに対し、この下世話な疑念。情けなし。情けないぞ俺。しかし、この部屋をスエた臭いで充満させるワケにはいかない。
「ふぁあ~~~っ」
 狸寝入り度数200%オーバー気味のヘッポコ演技でヒデの暴走にブレーキを掛ける俺。そして、その俺を明らかに「ちっ!」的な顔で見るヒデ。お前、ヤル気だったな……。流石、思春期ど真ん中。そよ風一つで勃起するお年頃だぜ。
 俺は風呂に入る事をヒデに告げると、ヒデも一旦、家に帰ると言う。そうか、今は一刻も早く独りになりたいのだろう。俺は深夜0時にヒデの家に行く事を約束して、風呂に向かった。風呂から上がると、ヒデは『ANGEL』を勝手に持ち帰っていた。

 そして、あっという間に夜は訪れる。

 深夜0時を10分程過ぎた頃、俺は愛車のYAMAHA『JOG』をスッ飛ばしてヒデの家に現れた。集合予定時間に遅れていたが、俺はそんなもの屁とも思ってはいなかった。なぜなら、俺もヒデも、既に時間を超越した男共だったからだ。案の定、ヒデの部屋へ上がり込むと、ヒデはトランクス一枚で『11PM』を観ていた。ヒデの部屋の隅に無造作に積まれている『ANGEL』の単行本を横目で確認した俺は、ヒデに向かって一言だけ伝える。
「借りる時は、借りると言え」
 へへへ……ヒデが照れ臭そうに笑う。
「さっさと用意しろよ、行くぞ」
「慌てなさんな」
 モソモソとTシャツを着るヒデだが、顔は『11PM』に向けられたまま。とりあえず、俺も腰を下ろし『11PM』を眺めながら、ヒデの準備が整うのを待つ事にした。すると、何たる事だろうか。『11PM』の今夜の特集は「現代風俗事情」!!

 出発は深夜1時過ぎに変更となった……。

 俺は愛車『JOG』に跨り、ヒデは自分のHONDA『Dio』を運転して○○塗装店を目指した。○○塗装店は俺らの4歳上の先輩の家で、俺らの住んでる地域唯一のペンキ屋だった。中学を卒業したヒデは卒業してスグ、そこでバイトしていた。実は、その頃から倉庫に眠るシンナーに目を付けていたらしい。
 愛車を走らせる事、約15分。○○塗装店が目と鼻の先まで来ると、俺達は原付を下り、エンジンを切って、店舗の裏にある倉庫の前まで原付を押しながら辿り着いた。
「ココさ、無用心だから、倉庫に鍵かけないんだよ」
 暗闇の中でもヒデの得意気な様子が伝わってくる。
「さっさとパクって帰ろうぜ」
 俺は久し振りに味わうシンナーが恋しくて恋しくて仕方なかった。
 ガラガラと音を立てて鉄の扉を開き、俺とヒデは倉庫に忍び込む。倉庫に設けられた天窓から差込む星明りで、倉庫内にズラリと並ぶ一斗缶の山が浮かび上がる。俺の目が段々と闇に慣れてくる。闇をも見透かす事が可能となった俺のライトアイが缶の表面にゴチャゴチャと並べられたアルファベットの文字を確認する。
「日本語で書けよ!日本語で!」
 思わず呟いてしまう俺。仕方が無いじゃないか。日本語でさえもシンナーでボジャけた俺らの頭じゃ、ろくすっぽ使いこなせていないのに、ましてやアルファベットで書かれた文章なんか読める筈が無い。正直、アルファベットがローマ字で書かれてたって、読める自信は全く無い。
「これじゃ、どれがシンナーか、わかんねぇよ……」
「匂いで確認すりゃイイじゃん」
 流石、ソウルメイト。何と頼もしい事か。ヒデはポコポコと一斗缶の蓋を開けると「おおっ」とか「はぁ~」とかヌカシながら、次々と缶の中身を確認していく。

「コレだ……」

 ヒデがお目当てのお宝を掘り当てたらしく、俺の名前を呼んだ。俺は急いでヒデの傍に駆け寄ると缶の口に鼻を近付け、その匂いを確認した。
「間違いねぇ。ヘヘヘ……」
 自然と笑いが込み上げてくる。ヒデも同じ様に「ヘヘヘ……」と笑い出す。
「サッサとバイクに乗せて帰るぜ。ククク……」
 俺は早く帰ってシンナーを頂きたいので、支持を出そうとするのだが、どうにも笑いを堪える事が出来無い。俺が堪えられないんだから、勿論、ヒデが堪える筈も無く、二人でウヒウヒと笑いながら、スクーターの足元にシンナーの一斗缶を一缶づつ乗せて、俺らは○○塗料店の倉庫を後にした。
「こんだけありゃ、当分シンナーにゃ不自由しねぇよ」
 俺とヒデの二人は、それぞれ一斗缶を後生大事に抱え込んで、ヒデの部屋へと続く階段を、ウヒウヒ笑いの浮かれポンチで駆け上がっていった。ヒデの部屋にバタバタと転がり込むと部屋の灯りを点けて、いよいよ今日の獲物を堪能……の筈だったが、そうは問屋が卸してくれないのが世の習い。

「うそっ!!」
 部屋の灯りの下に、その姿を晒した一斗缶の中身は全て黄色のペンキだった。

 その夜、俺とヒデは、ヒデの部屋をペンキで真っ黄色に塗ってやった。壁も天井も、床も。全てが塗り終わる頃には、既に明け方だった。俺とヒデの二人はゲラゲラ笑いながら朝を迎えた。俺は密室での塗装作業で完全にボジャけた頭のまま、『JOG』に乗って家路に着いた。
 ヒデは俺が帰った後、黄色の部屋で夕方まで爆睡すると、突然目を覚まし、目の前に広がる世界が、現実なのか夢なのか、はたまたボジャけた頭が作り出した幻覚なのかも理解出来ずにワケのわからない状態で、裸足のまま家を飛び出すと愛車の『Dio』をカッ飛ばして、ダンプに跳ねられ死んだ。


  混沌混。沌混沌。その先で待つ  御中虫




※この記事は、以前『鉄屑詩集』と云う自分のブログでUPしようとしていたものなんですが、どういうワケかアメブロの倫理コードに引っ掛かってしまい、強制削除された幻の作品ですw
今回、鉄塊のブログを使ってリベンジしてみました。(風狂子)

2 件のコメント:

  1. 畦道です。

    拝読しました。

    この、よい意味で『しょうもない』感じ、懐かしくも切ないです。
    若かりし頃、原付には私も乗っていました。
    でも、運転しながら鼻歌など歌い、あちこちにぶつけたりするので、これは向いてないと思い免許失効させました(懐)。

    自分のバイクで走り出す 畦道拝

    返信削除
  2. 私の時は11PMじゃなくてトゥナイト2でした(笑)
    ああいうオトナの番組って今は無くなっちゃいましたね。

    返信削除