2014年1月30日木曜日

走るうさぎを追いかけて―藤井雪兎を読む

鉄塊鍛錬句会に毎月参加させていただけることは大きな喜びですが、
実はわたしにとっては非常に痛みを伴う行為でもあります。
何故なら、わたし以外の皆さんの句が良すぎるから。
選句表が送られてくる。いそいそと目を通す。
たまに、選句表を見返すのすら恐ろしくなる句があるので困ります。
初見でずきりとする。酷いダメージです。


わたしに酷いダメージを与える詠み手はいつも決まっている。
働猫さんと雪兎さん。
今日は勇気を出して、雪兎さんの作品と向かい合ってみることに致しましょう。
(働猫さんについても、近日中にじっくりと語らせて下さいませ)


最初に気になったのはこちらでした。


たっぷりと血のつまったぼくら笑いころげて


鉄塊入会前のある日のこと。
鉄塊入りたいなー、でも怖い人いるしなーと思って、わたしは言い出せずにおりました。
で、何となく連日、鉄塊ブログをうろうろと見て回っておりまして、そうだ、あの怖い人はどんなん詠んでいるのだろうと思っていたらふとみつけた、という感じでした。


意外。瑞々しい。
ショッキングな始まり。
「たっぷりと血のつまった」が非常にいいです。瑞々しく、傷つき易く、ちょっとの傷が致命傷になりそうなあやうさがありますね。
そんな繊細な「ぼくら」が「笑いころげて」いる。若さということをこれ程端的に言い表した一言を、ほかに知らないなと思いました。
おや、あの非常に怖い人は繊細な人なのか?? と思いました。


で、気になって過去句を漁ります。


そうしてたくさん見ているうちに、この人の本質は「痛み」なのだなと思い至りました。
見ないふりをして過ごしてしまえば楽なことを、敢えて凝視して傷つく。
傷ついても未来を諦めない。
だから吼えているのだなと思いました。


わたしは常々「雪兎さんの句が好き」と公言しておりますが、正直に申し上げると、好きなのかどうかよく分からない。
と、あけすけに申し上げてしまったので、更に正直に言ってしまうと、
拝見すると、余りにも強い痛みを覚えるので恐れている、というのが真実に近い。
グッサリと胸に突き刺さる語群。ダメージが大きいので、本当は見たくないのかもしれない。
でも見てしまうんですよね。気になって仕方がない。
で、気が付けばいつも追い回しているようなあんばいになっているのです。


しかしうさぎはあしがはやい。しかもずっとずっと先を走っている。
こちらはもたもたもたもた、全然追い付ける気配もありませんが、大怪我をしながら、ウォッチを続けたいと思います。


以下に、藤井雪兎作品の中でも特に好きなものを並べておきます。
ご本人は「リアリティを大事にしている」とおっしゃっていましたが、どこかファンタジックでもある、痛みでいっぱいの、瑞々しい感性に震撼していただけたら。


恐れているけど、ちょうくやしがっているんだよオレは!!!
何でこれらを詠んだのがオレじゃないんだ!!


クッソ、うさぎぶったおす


片目の伯父を父は見るなと

うでをひろげてそらのまね

この手のひらを選んでくれた雨粒

稲妻にこの姿見せに行く

全身を口にして黙っている

それぞれのにおいのする金で払っている

たっぷりと血のつまったぼくら笑いころげて

靴擦れを隠して輪に入った

救助された男の目に満月

ひび割れた眼鏡で時間通りに来た

抱きしめられ剃刀の落ちる

この雨は新宿の地下水となる立ち止まる

連作「十年前」
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2012/12/10_1484.html



2014年1月25日土曜日

歯 車 (「海紅」平成二十六年新年号 新春譜より)



 歯車がカチッと合わさるような、そんな感触を味わったことがあるだろうか。その歯車がゆっくりと動き始める。それは得も言えぬ恍惚感なのである。
 私は大学の頃、卒業論文に太宰治について書いている。それから年月を経て、昨年までブログに感想文を上げていた。太宰は作品はもとより、その人物像でも有名な作家である。例えば、第一回の芥川賞選考の際には、こんな話がある。
 当時、はじめは太宰の『道化の華』という作品が選考作品として推されていた。しかし、川端康成らにより『逆行』という、彼の別の作品が選考作品として挙げられてしまう。その理由として、彼の私生活に問題ありとの選評が、川端康成により為されたのだ。結果、太宰は芥川賞を落選した。
 これを読んだ太宰は『川端康成へ』という文章でもって、猛烈な抗議を試みる。作品ではなく私生活に目を向けられたのが悔しかったのであろう。川端康成はこれを受け前言の撤回を文章にて表わし、両者に一応の和解が成立するのであった。
 これらの事柄は、現在ならインターネットで少し調べればすぐに知ることができる。だが、私が卒論を書いていた頃は、図書館へ通ったり、古本屋で資料を購入したものだった。そんな中、ずっと胸に引っ掛かっていた文章がある。
 “ガッチリした短篇。芥川式の作風”
 これは選考作品となった『逆行』の選評である。実は当時の私はこの作品があまり良いとは思えなかった。だから、この選評についても頷けないものがあった。
 しかしながら、昨年になって再び『逆行』を読み返した時、すっきりとした文体に、実は深いテーマを描いていることに気が付いた。これには、私自身が年齢を重ねたことも一因しているのであろう。 約20年の歳月を経て、あの選評の意味がようやく理解できた気がした。
 そこで、久しぶりにそれが書かれてあった資料に目を通し、この評を書いた人物の名を確認した。すると、そこには、瀧井孝作と書かれてあった……。
――カチッ
 そのとき、私のなかで、歯車が合わさるのを感じた。瀧井孝作。そう、碧梧桐の元で一碧楼とともに、海紅の編集に携わった先達である。
 と、まあ、こんな感じで昨年は新春譜を書こうと思っていたのだが、時間が無くて仕上げられなかった。そこで今年こそは、と思ってはみたものの、どうも続きが書けない。
 ところで、私はTwitterをやっているのだが、そこには毎日、季語を一つ紹介して下さる方がいる。その季語を用いて、多くの人が句作するのを楽しんでいるのだ。私も時折、定型句を作る機会として活用している。
 11月の、とある日曜日のことである。その日、私はTwitterからの季語で句作をしながら、以前から行きたかった古本屋へと車を走らせた。
 そこでは俳句関連の書が地下に置かれてあり、私はお宝を求める海賊のような気分で階段を降りていった。迷路のように入り組んだフロアの中頃、ようやく見つけたお目当ての棚には、富安風生や中村草田男などの句集が並んでいた。足元には段ボールが置かれてあり、棚からはみ出したものがそこに無造作に詰められている。
 ひと通り棚を見終わった後、私はその段ボールの中を物色し始めた。ここにお宝が眠っているかもしれない。丹念に箱の中を覗く。すると、一冊の句集が目に入った。そこには『瀧井孝作全句集』と書かれてあった……。
――カチッ
 そのとき、また私のなかで、歯車が合わさるのを感じた。その日の季語は「浮寝鳥」であった。瀧井先生の句集の名でもある。
 店を出て、車のエンジンをかける私の横顔は、恍惚とした表情を浮かべていたに違いない。助手席には一冊の句集。軽くアクセルを踏むと、車はゆっくりと動き始めた。


第二十回 研鑽句会

◆最高得点句
弟を裏切る兄それが私である師走  碧梧桐

◆コンプリート句
弟を裏切る兄それが私である師走  碧梧桐
正月の日記どうしても五行で足りるのであって  碧梧桐
霙れるそのうなぢへメスを刺させい  一碧楼

◆互選集計
(7点) 弟を裏切る兄それが私である師走 ◎◎○○○○●△△(コンプリート!)
(5点) 冬夜の一室の醜き女らよ許す ◎○○○△△
(4点) 闇から来る人来る人この火鉢にて煙草をすひけり ◎○○△
(3点) 正月の日記どうしても五行で足りるのであって ◎○○●△△△△(コンプリート!)
(3点) 火燵の上の履歴書の四五通 ◎○△△
(3点) 夜行列車一人の口のみかん汁垂れたり ○○○△△△
(3点) 冬の日のお前が泣くそのやうに低い窓 ○○○△△
(3点) 最後の話になる兄よ弟よこの火鉢 ○○○
(2点) 霙れるそのうなぢへメスを刺させい ◎◎○●●●△(コンプリート!)
(2点) ふくろうよ妻が一日寝てをり ◎△
(1点) 障子あけて雪を見る女真顔よ ○△△△△
(1点) お前の正直な日がくれて夏座布団 ○△△△△
(1点) 百合のゆうぐれが来るいつまで拗ねる ○△△△
(1点) さるすべり咲きひるなか電燈ともり ○△△
(0点) 反抗期で時にはなぐりたくもなるそのまなざし ○●△
( 1点) 炭の立ち消え妻を呼びたる ●△△△
( 1点) 靴磨き梅雨は仕事にならず墓参りにこの寡婦 ●△△
( 1点) 女の児真白いマント着て近より来る ●△
(無点) 砂山に日を浴びて師走の君と △△△
(無点) 畳に河鹿をはなしほうほうと言ふて君ら △△△
(無点) 冬の夜の我が持ちて人形の眼の動く △△△
(無点) 強い文句が書けて我なれば師走 △△
(無点) みなは寝し仏壇とぢてひと夜の蒲団に入る △△
(無点) 庭に下りて手を出して子野羊の頭を押すや △△
(無点)子ら迎へ火おもしろく彼の家この家 △△
(無点) 真赤なフランネルのきもので四つの女の児 △△
(無点) お前の歩むさくらの樹には桜の実 △△
(無点) 十三夜の酔ってゐる我は雨をついて出でけり △△
(無点) 庭師二日来て庭明るしかたばみ水霜の雫 △
(無点) 人のけはい暮方の降りて消ゆる雪 △
※以上全30句。特選(◎)2点、並選(○)1点、逆選(●)-1点として集計。△は無点。

◆作者紹介
【河東碧梧桐】
障子あけて雪を見る女真顔よ
火燵の上の履歴書の四五通
強い文句が書けて我なれば師走
最後の話になる兄よ弟よこの火鉢
弟を裏切る兄それが私である師走
正月の日記どうしても五行で足りるのであって

1873-1937 愛媛県生まれ。本名、秉五郎(へいごろう)。正岡子規門の高弟。高浜虚子と対立、定型・季語を離れた新傾向俳句を提唱。全国行脚して「三千里」「続三千里」をまとめた。のち自由律、ルビつき句など句風は変遷した。

【喜谷六花】
子ら迎へ火おもしろく彼の家この家
畳に河鹿をはなしほうほうと言ふて君ら
みなは寝し仏壇とぢてひと夜の蒲団に入る
庭師二日来てt庭明るしかたばみ水霜の雫
反抗期で時にはなぐりたくもなるそのまなざし
靴磨き梅雨は仕事にならず墓参りにこの寡婦

1877-1968 明治~昭和時代の俳人。明治10年7月12日生まれ。東京下谷の曹洞宗梅林寺住職。河東碧梧桐に師事。俳誌「海紅」に属し、自由律の革新派として活躍。

【小沢碧童】
砂山に日を浴びて師走の君と
さるすべり咲きひるなか電燈ともり
炭の立ち消え妻を呼びたる
百合のゆうぐれが来るいつまで拗ねる
ふくろうよ妻が一日寝てをり
十三夜の酔ってゐる我は雨をついて出でけり

1881-1941 明治-昭和時代前期の俳人。明治14年11月14日生まれ。河東碧梧桐に師事し、東京上根岸の自宅を骨立舎と命名して俳道場とした。「日本俳句」「海紅」で活躍。

【瀧井孝作(折柴)】
人のけはい暮方の降りて消ゆる雪
お前の正直な日がくれて夏座布団
庭に下りて手を出して子野羊の頭を押すや
真赤なフランネルのきもので四つの女の児
お前の歩むさくらの樹には桜の実
夜行列車一人の口のみかん汁垂れたり

1894年-1984年 日本の俳人、私小説作家。俳句を河東碧梧桐に師事し、小説を芥川龍之介、志賀直哉に兄事した。文化功労者。

【中塚一碧楼】
霙れるそのうなぢへメスを刺させい
冬の日のお前が泣くそのやうに低い窓
冬の夜の我が持ちて人形の眼の動く
闇から来る人来る人この火鉢にて煙草をすひけり
女の児真白いマント着て近より来る
冬夜の一室の醜き女らよ許す

1887-1946 明治-昭和時代前期の俳人。明治20年9月24日生まれ。新傾向自由律俳句をつくり、明治44年「試作」を刊行。大正4年河東碧梧桐とともに「海紅(かいこう)」を創刊、のち主宰。

以上、五名。

2014年1月22日水曜日

第二十回 鍛錬句会

最高得点句
草が立つようにして負ける  祖啓

コンプリート句
懐かしくなるまで空き地見ている  獄美
ナウシカを見て急に立ち上がった姉  雪兎

互選集計
(5点) 草が立つようにして負ける ◎◎○△
(4点) いつまでもむかしのニベアの蓋よ母よ ◎○○△△
(4点) 可哀想におれの尻しか知らぬ椅子 ○○○○△△△
(3点) かわるがわる地球儀を抱くあにおとうと ◎○△△△△
(3点) 懐かしくなるまで空き地見ている ◎○○△(コンプリート!)
(3点) 老いた父の茶色い背中に初春のひかり ◎○△△
(3点) お前の名前で乾いた唇切れた ○○○
(2点) ナウシカを見て急に立ち上がった姉 ◎○●△△△△△(コンプリート!)
(2点) 明けても暮れても頓着ない犬の舌桃色 ◎△
(2点) ふるえる手が描く辛うじてドラえもん ○○△△△
(2点) カーテン開けて今日の窓はこれぐらい ○○△△△
(2点) 入ってくる客入ってくる客雪化粧 ○○△△
(2点) 深夜の階下が起き出した音だ ○○△△
(1点) 上手に元恋人の口ぶりをまねた無人駅は三日月 ◎●△△
(1点) 爪切り見当たらない日々の爪のびる ○△△△
(1点) マフラー外す貴女の頬が紅い ○△△
(1点) 一生分泣くことはできない小さなからだ ○△△
(0点) 死んだ花のびる母ねむる ○●△△△
(-1点) でもしまむらで買ったんですという謙遜 ●△△
(-1点) 死にたいと笑う人に寄り添えぬ朝なり ●△
(-3点) 泣いてもくっつかない夕焼けのような怪獣のしっぽ ●●●△
(無点) タコをマネすれば治まる △△△△△△
(無点) 明日は帰省のトランクス四着 △△△△
(無点) 肺も見ていた初夢だった △△△
(無点) タピオカ喉に詰まらせるこれが俺の正月 △△
(無点) 一回両手で受け止めて、また捧げる △
(無点) つくられた関係を甘噛む雪はなにも見てない

※以上全27句。特選(◎)2点、並選(○)1点、逆選(●)-1点として集計。△は無点。


◆ゲスト紹介

本間鴨芹・・・自由律俳句結社「海紅」同人。元・鉄塊衆。
再び闘いのリングへ降り立った男。私(風呂山)とは同門の同志である。


◆作者発表(ゲスト以下、アイウエオ順)

【本間鴨芹】
ふるえる手が描く辛うじてドラえもん
でもしまむらで買ったんですという謙遜
タピオカ喉に詰まらせるこれが俺の正月

【小笠原玉虫】
老いた父の茶色い背中に初春のひかり
明けても暮れても頓着ない犬の舌桃色
死にたいと笑う人に寄り添えぬ朝なり

【地野獄美】
懐かしくなるまで空き地見ている
いつまでもむかしのニベアの蓋よ母よ
可哀想におれの尻しか知らぬ椅子

【十月水名】
肺も見ていた初夢だった
泣いてもくっつかない夕焼けのような怪獣のしっぽ
上手に元恋人の口ぶりをまねた無人駅は三日月

【中筋祖啓】
タコをマネすれば治まる
草が立つようにして負ける
一回両手で受け止めて、また捧げる

【畠 働猫】
死んだ花のびる母ねむる
つくられた関係を甘噛む雪はなにも見てない
一生分泣くことはできない小さなからだ

【馬場古戸暢】
明日は帰省のトランクス四着
爪切り見当たらない日々の爪のびる
深夜の階下が起き出した音だ

【藤井雪兎】
かわるがわる地球儀を抱くあにおとうと
ナウシカを見て急に立ち上がった姉
カーテン開けて今日の窓はこれぐらい

【風呂山洋三】
入ってくる客入ってくる客雪化粧
マフラー外す貴女の頬が紅い
お前の名前で乾いた唇切れた

以上9名


2014年1月4日土曜日

新年詠2014

あけましておめでとうございます。
今年も鉄塊をご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

以下、鉄塊衆による新年詠2014をもちまして、年始の挨拶に代えさせていただきます。