2012年10月26日金曜日

第六回 研鑽句会


(最高得点句)

 しんしんと肺碧きまで海のたび (5点)

 憲兵の前で滑つて転んぢやった (5点)



(最低得点句)

 満天の星に旅ゆくマストあり (-1点)
 夏痩せて少年魚をのみゑがく (-1点)
 葡萄あまししづかに友の死をいかる (-1点)




【互選集計】

(5点) しんしんと肺碧きまで海のたび◎◎○

(5点) 憲兵の前で滑つて転んぢやった◎○○○
(4点) 気の狂つた馬になりたい枯野だつた◎○○
(3点) 友は今朝死せり野良犬草を噛む◎○
(3点) 蟻よバラを登りつめても陽が遠い◎○
(3点) 工場を担架は糞のように出る○○○
(2点) 蛇を知らぬ天才とゐて風の中◎○○●●
(2点) 母よ嘆くなせいさんしやの時代は必ず来る○○○●
(2点) 青風に妻がひらりと来し五月○○
(2点) この海に死ねと海流とどまらず◎
(1点) 遺品あり岩波文庫『阿部一族』○○●
(1点) 街灯は夜霧にぬれるためにある○
(1点) 負傷者のしずかなる眼に夏の河○
(1点) かなしきかな性病院の煙出○
(0点) 独房に釦おとして秋終わる○●
(-1点) 満天の星に旅ゆくマストあり●
(-1点) 夏痩せて少年魚をのみゑがく●
(-1点) 葡萄あまししづかに友の死をいかる●
(無点) 失業に國歌がさぶい菊の頃
(無点) 赤ん坊の蹠まつかに泣きじゃくる
(無点) 繃帯を巻かれ巨大な兵となる
(無点) 生きてゐてひそかに人に倦れたり 
(無点) 少年の描けり黄金の色の菊
(無点) ひつぎめく館をのがれ影を得たり
(無点) アカデミの学の青ざめゆく世なり
(無点) 歳月の獄忘れめや冬木の瘤
(無点) ランプ消す外科医と妻を見るは星
(無点) 獄の冬鏡の中の瞳にも顔
(無点) ホスピタル鏡を朝な女のみがく
(無点) 海軍を飛び出て死んだ蟇

※特選(◎)2点、並選(○)1点、逆選(●)-1点として集
計。

・作者発表

【波止影夫】
失業に國歌がさぶい菊の頃
少年の描けり黄金の色の菊
この海に死ねと海流とどまらず

【篠原鳳作】
赤ん坊の蹠まつかに泣きじゃくる
満天の星に旅ゆくマストあり
しんしんと肺碧きまで海のたび
蟻よバラを登りつめても陽が遠い

【西東三鬼】
友は今朝死せり野良犬草を噛む
ひつぎめく館をのがれ影を得たり
夏痩せて少年魚をのみゑがく
工場を担架は糞のように出る
葡萄あまししづかに友の死をいかる

【渡辺白泉】
繃帯を巻かれ巨大な兵となる
街灯は夜霧にぬれるためにある
憲兵の前で滑つて転んぢやった
気の狂つた馬になりたい枯野だつた
海軍を飛び出て死んだ蟇

【井上白文地】
アカデミの学の青ざめゆく世なり

【古家榧子】
生きてゐてひそかに人に倦れたり
母よ嘆くなせいさんしやの時代は必ず来る

【秋元不死男】
独房に釦おとして秋終わる
歳月の獄忘れめや冬木の瘤
獄の冬鏡の中の瞳にも顔

【平畑静塔】
青風に妻がひらりと来し五月
ランプ消す外科医と妻を見るは星
ホスピタル鏡を朝な女のみがく

【鈴木六林男】
蛇を知らぬ天才とゐて風の中
負傷者のしずかなる眼に夏の河
遺品あり岩波文庫『阿部一族』
かなしきかな性病院の煙出

以上。






34 件のコメント:


  1.  しんしんと肺碧きまで海のたび(5点)

    ◎「無季の句であるが、しんしんと、という語感に、冬の海を見る。胸の奥まで吸い込めば、肺が碧くなるような気すらする、冷たい空気。海のたび、という漠然とした言い方もいい。どこへ、何をしに行くのかは語らず、ただしんしんと、冬の海の風が冷たい。何ひとつ無駄のない句だ。」
    ◎「肺を患ってるのだろう。病の症状の表現としても、凄みを感じる。肺の病は呼吸に関わる、そこに海である。なんか感覚的に揺るがない完璧さを感じる。(しんしんと)という上五がこれまた効いている。」
    ○「映画グランブルーを思い起こした。美しいのだがなぜか不穏な気配も感じる。」

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    1. 皆さんの句評を読んで、納得いたしました。
      てっきり、溺れて溺水寸前化と思っていました。
      こんなに悠長に句を詠んでいる場合ではないだろうと、ひとりで突っ込んでいた次第です。

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  2.  憲兵の前で滑つて転んぢやった(5点)
     
    ◎「権威の前で身体の動きさえも硬くなる、そんな様子が浮かびます。」
    ○「そのままの句。ここでは、だからこそ面白い。」
    ○「ベルギーの人気コミック「タンタンの冒険旅行」に登場する、デュポン、デュボンのコンビがイメージされて嬉しくなりました。憲兵とか、SPとか、軍人とか、いかめしさ極まりない堅苦しい職業と、(ずっこける)という組み合わせが、不釣合いで、見る人の心を癒します。」
    ○「『滑つて転んぢゃった』の口語が閉塞しきったあの時代への痛烈な皮肉となっている」

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    1. 有名過ぎて取りませんでしたが、すごくいい句だと思います。
      句評にもありますが、口語でものを書くことさえ憚られた時代だったのでしょう。逆に口語が蔓延している現代は、どんな時代なんでしょうね。

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  3.  (4点) 気の狂つた馬になりたい枯野だつた◎○○

    ◎「何とも名状し難いものを感じるが、枯野では狂わなければならない気がする。奇声を上げて走り回らなければならない気がする。ここで狂わなければどこで狂うというのだ」
    ○「理屈ではない、がむしゃらに突き上げる感情。狂ったように走り続けても、どこまでも枯野。焦燥と諦念を、簡素に詠み上げた。青春の俳句として読むのが正しいのだろうが、案外いい歳したおっさんが(馬になりたい)と思っているのだとしても、それはそれで味わい深い。」
    ○「枯野は芭蕉の枯野を意識しているのか。そこを気の狂った馬のように駆け巡るのだろう。どうにもこうにも鬱屈とした思いを感じる。それを晴らすためなのかなんなのか、思う存分駆け巡るには、狂った馬になるしか無いのだろう。そう思うと、この枯野は芭蕉の枯野だ。」

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    1. この句、現代を生きる私たちには詠みにくいように思います。
      馬も枯野も失ってしまったのですから。馬と枯野の代わりに、何をもってくるのでしょうね。

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    2. >古戸暢さん

      >馬と枯野の代わりに、何をもってくるのでしょうね。

      ギターとライブハウスとかどうでしょう。

      ちなみにこの句、私が特選でいただきました。
      喜怒哀楽の全てが詰まっているような句ですね。

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  4.  友は今朝死せり野良犬草を噛む(3点)

     ◎「死を描きながらも飛躍し過ぎず、現実的な光景として収まっている。そして『野良犬草を噛む』景色が、死に負けず劣らずドラマチック。5・7・5の定型だが、8・9のリズムで電報のように読みたい。」
    ○「一見、何の関係も無く、無意味なハズの『野良犬草を噛む』というドライな描写が作者の喪失感を強烈に伝える」

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    1. 特選の方の詠み方がいいですね。そう詠めば、途端にとりたくなってきました。

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  5.  蟻よバラを登りつめても陽が遠い(3点)

    ◎「実景を写しておりながら、高い詩的完成度を誇る傑作中の傑作」
    ○「万事が虚しい、それを観察の中で思うのが良いなと思います。」

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    1. 悟空の心境もこんなだったのかもしれません。

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  6. 工場を担架は糞のように出る(3点) 

    ○「仕事の最中に倒れた人を乗せる担架を『糞のよう』とした。一見乱暴なようだが、本来は尊いはずの労働を糞に変えてしまった何者かに対する憤りの表れか。あるいは、工場という巨大な体内で養分を絞りとられた労働者は、糞になって排出されるのみ、という自嘲でもあろう。」
    ○「働けないものはゴミだ、そんな時代があったことを感じます。」
    ○「怪我人が糞だとすると、さしずめ工員は食糧か。工場で働いていた事があるので、そこに悪い印象は特に持ってないが、時折物凄く冷たい顔をする事を知っている」

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    1. 一番下の句評が私です。
      昔に比べれば幾分マシになったそうですが、未だに「糞」は出続けているようです。

      これが自由律だと一石路や夢道のような切迫した感じになるのでしょうが、この句のように定型だとどこかユーモラスでさえありますね。その分残酷さが増して、何だか乾いた笑いが出て来ます。

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    2. 上記の雪兎さんのコメント、なるほどと思いました。
      定型であることのメリットといいますか性質といいますか、そういうものもあるのでしょうね。確かに、残酷さは増しています。

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  7.  蛇を知らぬ天才とゐて風の中(2点)

    ◎「意味不明ですが、何故か納得してしまう説得力。ランボーの『地獄の季節』の一説のような、妙なインパクトがあります。本人にとっても、よっぽど印象性の強い光景だったのではないかと思います。この(風の中)は、たしかに妙だ……!!」 
    ○「書いてあること、そのまま読んでなかなか面白い。頭脳明晰ながら、どことなく世間知らずなところがある友人。(えっ、蛇知らないの、マジで!?)といった感じだろうか。蛇、風といった語を、どこか不穏な時代の喩えとしてもいい。感覚がぴりぴり痺れるような句に姿を変える。」
    ○「天才にも神に愛されるタイプと悪魔に魅入られるタイプがいる。この天才はどちらかと言うと前者なのかもしれないが、逆に彼(もしくは彼女)が蛇を知った時、何が起こるか楽しみだ」
    ●「『天才』が分からない。」
    ●「有名句ですが、正直、あまりピンとこないんですよね」

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    1. 「天才にも神に愛される~」の句評が私です。

      意外と天才は抜けた所がありますね。でもその天才の欠落した部分を補うとどうなるか。凡才になってしまうか、はたまたより巨大になるか。そこに興味がありますね。天才と雖も同じ人間なので。

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    2. 蛇を知らないというのは、実際に見たことがない程度の意味であってほしいです。そうでなければ、あんまりというか、あんまりといいますか、あんまりな方な気が。

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  8.   母よ嘆くなせいさんしやの時代は必ず来る(2点)

    ○「形あるものを作る人間の矜持を感じる。」
    ○「東日本大震災で「がんばろう日本」と叫んだ国民性が、やはり、戦前にも存在したようだ、と、相通じるものを感じました。日本人は、マジメですよね。」
    ○「資本主義の世の中が進行し続けております。」
    ●「そんな時代は今も来ていません。母の嘆きは正当です。」

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    1. 取りませんでした。現代の視点で見ると悲しくて。
      生産者の時代というよりむしろシステムの時代が来てしまいましたね。

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  9.  青風に妻がひらりと来し五月(2点) 

     ○「作者の奥さんへの思いがわかります。五月の青風。爽やかな風でしょう。五月は初夏、春から夏に変わるあたり。梅雨の手前の、眩しさが増した光り輝く頃だ。妻がひらりと来るという表現が、その五月を見事に表していて、素晴らしい。」
    ○「そのまま爽やかな風に乗って妻がやって来たと読んでもそれはそれでいいが、五月に妻と結婚したと読むと、『ひらり』の粋な感じが際立ってさらにいい」

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    1. 単身赴任と思っていました。二つ目の句評のように読めば、とりたくなりました、

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    2. 二つ目の句評が私です。
      こういう風な何気ない結婚もまた素敵だなぁと。

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  10.  この海に死ねと海流とどまらず(2点) 

    ◎「そんなこの海へは、思い切って飛び込んでやればよい。」

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  11.  遺品あり岩波文庫『阿部一族』(1点)

    ○「遺品が岩波文庫、というセンスに一票。岩波文庫って、なんか、アンティークとしての魅力がありますよね!いかにも、インテリくさいぞ、知的だぞ、と。そうした、さっぱり解読できない岩波文庫を、自分の本棚に差し込む冒険をした思い出があります。ただ、買った岩波文庫を、ちゃんと最後まで精読できた確率は、極めて低いのですが……。」
    ○「この句の「阿部一族」を最初は、東北の阿部一族だと勘違いをしていて、とんでもない読み違いをしたなと恥ずかしかったのですが、森鴎外の「阿部一族」だと知りました。どちらにせよ、この句の作者はこの本の内容と、遺品を残した方に、似たものを見たんだと思います。なんともニヒルで、格好いい句だと思います。」
    ●「韻ありきな句に思えました。」

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  12.  街灯は夜霧にぬれるためにある(1点)

    ○「実にハードボイルド。今にもハンフリー・ボガートが出てきそう。」

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  13.  負傷者のしずかなる眼に夏の河(1点) 

    ○「病室からきれいな川の流れを眺める、時の流れか過去への回想か、そう長くない将来を予見させます。」

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  14.  かなしきかな性病院の煙出(1点) 

     ○「性病院に入った患者のうちのいったいどれほどが、五体満足に出てこられたのでしょうね。そしてこの煙は何の、あるいは誰の煙だったのか。」

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  15.  独房に釦おとして秋終わる(0点) 

    ○「作者の絶望感、独房の孤独、そういった諸々が読み手の胸に迫ってくる。それにしても極めて瑣末的な景に絡ませた『秋終わる』という大きな景の詩的喚起力には脱帽」
     ●「秋終わるが個人的に響いてこない。独房の苦しみは、冬の方が響いて来る。秋が終わって冬なんだとも取れるけれど、やはり冬が良かった。晩秋の淋しさも都会ではあまり感じない。そういう意味でも、なんか淋しいものがある。」

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  16.   満天の星に旅ゆくマストあり(-1点)

    ●「是非とも体験してみたい状況だが、句としては平凡だ。少なくとも『芸術』においては、誰でも書ける句に価値は無い。詩ごころがあるのは『人間』としては素晴らしい事だが」

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  17.  夏痩せて少年魚をのみゑがく(-1点)

    ●「痩せたのは、夏なのか? 少年なのか? 読み手なのか? この句だけ、イマイチ文章を理解する事ができませんでした。文法的にこれでよいのか?という事で、逆選。」 

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    1. 夏/痩せて少年/魚をのみゑがく
      で、単に病床の少年の慰みを描いたものと読みました。
      しかし確かに、夏にもかかりそうです。
      少年にとっては、もはや肥えた夏は来ないのですから。

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  18.   葡萄あまししづかに友の死をいかる(-1点)

    ●「追悼の句だが、どことなく『ひとごと』のような感じ。『あまし』『しづか』『いかる』と、ひらがなを駆使した技巧も、本句ではどこかそらぞらしい。友の死を肴にして一句ものにした、というわけではないのだろうが、こういう句はあまり、自分で作ってみようと思わない。」

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  19. 以上です。
    今回は、戦時中に弾圧を受けた『京大俳句』の作を選んでみました。
    皆さん、ご存じの句も多かったと思います。
    あまりに戦時色の濃いものは外したつもりでしたが、その時代への生々しい感情は、切実に伝わってきます。
    楽しんで読んで頂けたなら幸いです。
    (編集担当・畦道)

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    1. 恥ずかしながら、一句も知らず、大変勉強になりました。
      これから少しずつ学んでいきたいです。

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