2013年3月30日土曜日

第十一回研鑽句会―種田山頭火を読む―


最高得点句

炎天をいただいて乞ひ歩く

(5点)炎天をいただいて乞ひ歩く ◎◎○
(4点)分け行つても分け行つても青い山 ◎○○
(4点)すべつてころんで山がひつそり ○○○○
(4点)もりもりもりあがる雲へ歩む ◎○○
(3点)この旅、果もない旅のつくつくぼうし ◎◎●
(3点)何を求める風の中ゆく ◎○
(3点)春の雪ふる女はまことうつくしい ◎○
(2点)生死の中の雪ふりしきる ◎
(2点)まつすぐな道でさみしい ○○○●
(2点)ふくろうはふくろうでわたしはわたしでねむれない ○○
(1点)しぐるるや死なないでゐる ○
(1点)ほろほろ酔うて木の葉ふる ○
(1点)どうしようもないわたしが歩いてゐる ○○●
(1点)捨てきれない荷物のおもさまへうしろ ○
(1点)まつたく雲がない笠をぬぎ ○
(1点)うしろすがたのしぐれてゆくか ○○●
(1点)ちんぽこもおそそも湧いてあふれる湯 ○○●
(1点)とんからとんから何織るうららか ○
(1点)おちついて死ねさうな草萌ゆる ○
(0点)鉄鉢の中へも霰 ◎○●●●
(0点)雨ふるふるさとははだしであるく ○●
(-1点)空へ若竹のなやみなし ●
(無点)歩きつづける彼岸花咲きつづける 
(無点)また見ることもない山が遠ざかる 
(無点)あの雲がおとした雨にぬれてゐる 
(無点)酔うてこほろぎと寝てゐたよ 
(無点)いつまで旅することの爪をきる 
(無点)寒い雲がいそぐ 
(無点)いそいでもどるかなかなかなかな 
(無点)ひよいと四国へ晴れきつている 

※特選(◎)2点、並選(○)1点、逆選(●)-1点として集計。

作者発表

全句、【種田山頭火】。

40 件のコメント:

  1. 炎天をいただいて乞ひ歩く(5点)

    ◎「独断と偏見で言ってしまえば、これこそが自由律の世界って感じ。粗末な身なりのじいさんが、炎天下、ぽつねんと孤独。真夏の南中時の太陽を背負って、暗い影のようにじっと突っ立っている。実在とかそんな言葉が浮かぶような感じ。乞ひ歩く、の、やるせないんだけど燃えるような激しさも実にわたくし好みです。激しさは時として乞ひ歩くみたいなみっともないことを人にさせるものですよね。そういうみっともなさを、私は何よりも愛しているのです。好き。かように激しく、短く詠みたいものです。」(玉虫)
    ◎「炎天を『いただいて』がいいなと思いました。苦難を感じながらも日常に安らいでいく、そんな心境かなと思いました。」(白川)
    ○「炎天をいただくという表現の原動力は信仰心なのか、やせ我慢の美学なのか。」(鴨芹)
    △「“いただいて”は頭上にあるということなのだろうが、一つの恵みとしても受け取っているのだろう。自然への畏敬を感じる。」(寝覚)
    △「現代日本の日常にはない景。それでも想像できるのが不思議と言えば不思議だ。」(古戸暢)

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  2. 分け行つても分け行つても青い山(4点)

    ◎「やっぱりいい。入りたい。」(祖啓)
    ○「霧の中を行くように当てどないけれど、霧の中を行くよりも、歩いたという実感は残るのだろう。たとえその足跡が道にならなくても。“分け行って”の繰り返しに、そういうものを感じた。」(寝覚)
    ○「そのままで読みたい。晴天、山中、笑顔。」(古戸暢)

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    1. これは、やっぱり実際の山と言うより、観念的な句だなぁと感じました。目の前の人生を青い山と例えたかのようなイメージ。今回、取りませんでしたが実は自由律はじめた頃に、かなり憧れた句であります。

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  3. すべつてころんで山がひつそり(4点)

    ○「山でこけてしまった。多分下りで浮石にでも足を乗せたか、雨降る木の根につるっといったのか。そして、周りには誰もいない。一人の世界しか無かった。静かな空間を感じた瞬間を独特の表現でまとめている。」(知宏)
    ○「映画で撮影したくなるようなワンシーン。参加したい。」(祖啓)
    ○「懐の大きさが素直に感じられる。バラエティ番組のコーナータイトルっぽいけれど。」(鴨芹)
    ○「ひとりで山を歩くことはよくあるが、そこで滑ったり転んだりしても、誰も笑ってはくれない。当たり前といえば当たり前なのだが、自分にとって の一大事と、そんなものなんの関係もなく営まれていく大きな生命との対比が見事。たとえこの身が熊に喰われていても山はひっそりしているだろ う。」(畦道)
    △「童謡のようなリズムが可笑しい。けれどその中に確かにある孤独。」(寝覚)
    △「山登りをしたことがあれば一度は経験した景。誰も助けてくれなければ、笑ってもくれないのである。」(古戸暢)

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  4. もりもりもりあがる雲へ歩む(4点)

    ◎「ありふれたことばの組み合わせで浮かび上がる夏空。見事としか言いようがない。」(鴨芹)
    ○「これほど力強い歩みはそうなかろう。前方に雲を見据えて、この詠み手はどこへ歩いて行ったのだろうか。」(古戸暢)
    ○「今回いくつか見受けられる、擬音・擬態の繰り返しのなかでは本句が一番と思った。同時に旅の光景を詠ったものも多いが、出発の高揚感、自己肯 定感が最も心地良い一句でもある。」(畦道)
    △「これまた大好きな炎天下、ぽつねん、のイメージ。こちらは悲壮感がなく、真夏のワクワクする気持ちが力強く表されいていいなと思います。子供の頃の夏休みを思い出す感じ。好き。」(玉虫)
    △「雲の様も、足取りも力強い。雲へ向う道行きに果てはきっとないけれど、このこころは歩み続けるのだろう。」(寝覚)
    △「過去にいろいろあっても、最後にこうなれたら御の字だ。」(雪兎)

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  5. この旅、果もない旅のつくつくぼうし(3点)

    ◎「「この旅、」と来て「果もない旅の」と続く…この旅は何回目の旅か?そして自らの旅を果もない旅と言い切れる事に憧れてしまう。つくつくぼうしに秋のはじまる予感も感じられ、グッとくる。」(知宏)
    ◎「つくつくぼうしの鳴き声は、サウダージを呼び起こす。何処かは分からない何処かへ帰りたいという気持ちを。“果もない旅”は、その何処かを探す旅なのかもしれない。」(寝覚)
    ●「最近の曲の歌詞によく聞く感じの句なので、判断に迷いました。もしかするとこういう句が原典なのかなとも思います」(白川)
    △「読点は不要と考えているが、この句ではあってもいいように思う。旅に果はない。終わらせることはできるけど。」(古戸暢)

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  6. 何を求める風の中ゆく(3点)

    ◎「一番好きな句である。『先に言われてしまった』感が最も強い。自分と同じテーマを感じる。この句とボブ・ディランの『Blowin' In the Wind』があるために、同様の句(あるいは詩)をもう私は作ることができない。どんなに新しい言葉を生み出してみても陳腐なものになってしまう。そうした憎しみにも似た羨望を込めて特選とする。」(働猫)
    ○「これも七・七の付け句のリズムである。『それにつけても金の欲しさよ』ほど万能ではないが、結構いろんな句につながる。ということはつまり、内容が普遍的で真実に近いのである。私もこの句のように、生きている限り逃れられない真実を句にしたい。」(雪兎)
    △「そのまま読んだ。求めているものが何なのかは、きっと永遠に分からない。それでも歩みを止めることはないのだろう。」(寝覚)
    △「答えは風が知っているのだろうか。いや、風も知らないだろうことを、詠み手は既に気付いていそうだ。」(古戸暢)

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  7. 春の雪ふる女はまことうつくしい(3点)

    ◎「春の雪がまた女のうつくしさにアクセントをもたらしているのだろう。別の日に目を通せばまた別の句が特選となろうが、今はこの句で。」(古戸暢)
    ○「仰る通りでございます。」(寝覚)
    △「絵画を見るみたいな美しさ。10年くらい前に、桜が満開のときに突然大雪降っちゃって、桜と雪を同時に見るというメチャクチャラッキーな体験をしたのですが、そのときのことを思い出しました。春と冬が交じり合っている不安定な空気の中で見る不安定な美しさ、そして美しい女性もそばにいるんじゃ喜びもひとしおでしょう。いいですね。ちょっとだけ、チッのろけてんじゃねーよという気持ちも起こり。好きです。名句。」(玉虫)

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  8. 生死の中の雪ふりしきる(2点)

    ◎「我々にとって一番最初に迫られる判断が『生きるか死ぬか』であって、一番最後に迫られる判断もまたそれである。七・七の付け句のリズムが、まるで全ての人間を前句としているようで戦慄する。」(雪兎)
    △「いいですね。この人すぐ生きるだの死ぬだの言ってちょっと酔い過ぎじゃね?とも思うんですが、そこが好きだったりして。雪という静かさを感じさせる言葉が静かなまま一気に激しさを持つような感じですね。だからこそすぐ生死いうのはちょっとズルいような気もします。でも好きか嫌いか訊かれればやっぱり好きっていうw 悔しいですね。」(玉虫)
    △「半死半生ということなのだろうか。それとも、自然の前では生死は等価値と言いたいのだろうか。」(寝覚)
    △「やまない雪のなか、野外を歩いているのだろう。生死の境界上にいるのかもしれない。」(古戸暢)

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    1. 作者は家の中で雪を見ているのではないだろうか。仮に雪の中、それも厳しい状況の真っ只中に居たら「生死」という言葉は浮かばないように思う。

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  9. まつすぐな道でさみしい(2点)

    ○「この人は脇道や小径にいろんな楽しみを見いだす、そんな人の心境だと思っています。これ以上書くと止まらなくなりそうです」(白川)
    ○「三番目に好きな句である。こんな経験はないはずなのにどうしてこんなにも『さみしい』に共感できるのか。まっすぐな道に出会う。見渡す限り何もない。そこには自分の姿だけがぽつねんとある。この句を絵にしようとするならば、道だけでなくどうしてもそこに立つ人物も描き入れてしまうだろう。これは作者が客観で自らの姿を描いてみせることで、我々鑑賞者に『さみしい』状況を説明しているのだ。だからこそ、ああ、それはさみしいよねえ、と共感することができる。簡潔に述べられているがこれは非常に説明的な句なのだ。」(働猫)
    ○「曲がりくねった道よりもまっすぐな道の方が歩きにくいと思う。前者は色々あって退屈しないが、後者は歩みがあまりに単純なため、余計な感情に苛まれる。そしてその余計な感情こそが、孤独から逃れる手段なのだ。人間とは、人間とは。」(雪兎)
    ●「「まつすぐな道」と「さみしい」には深い因果関係があると思う。その上で「で」に何かしら物足りなさを感じている。」(鴨芹)
    △「あまりにも有名な句で、いまさら感想言うまでもないかなとも思うんですが、好きです。感情をはっきり書かずに想像させるように、ってよく言いますが、こうやってさみしいって言いたけりゃ言っちゃう自由さがいいなと思うのです。そうだよね、さみしけりゃさみしいって言っていいよね。言おうこれから、私もみんなも、って気になります。あくまで個人的にくよくよしてるようでいて、人類全体を肯定してるみたい。って言ったら言い過ぎでしょうか。名句だと思います。大好き。」(玉虫)
    △「まっすぐは、さみしい。本当のまっすぐは、一人でないといけない。」(寝覚)
    △「あまりに感情をぶつけすぎている感じもする。しかしこれが詠み手のストレートな感触なのだろう。」(古戸暢)
    △「まっすぐな道はなぜさみしいのか。見渡す限りひとりで、(次の角に誰かいるのでは)と期待させる余地が全くないからだ。」(畦道)

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  10. ふくろうはふくろうでわたしはわたしでねむれない(2点)

    ○「眠れないのだ。寝なきゃいけないのか?いや、寝る必要もないのだ。眠らない理由をふくろうを使って説明している。」(知宏)
    ○「ふくろうは「ねむれない」わけではないのだが、だからこそこの句になったのだろう。」(鴨芹)
    △「眠れずに外の音なんかを聞いている夜。情景的には芭蕉の古池や~にも通じるような。でも古池や~の宇宙的な拡がりに比べると、ねむれないとかはっきり言っちゃって情けない。ふくろうに勝手にシンパシーを抱いている辺りもおセンチすぎて女々しいわねと思うんだけど、はっきり申し上げてそういうダメっぽいところがとても愛しいです。そうだね、ふくろうもねむれないね、と、無意味な相槌を打ってあげたくなる感じ。誰もが経験する、夜更かししててちょっとさみしい感じでいいなと思います。好きです。」(玉虫)
    △「眠れない理由はそれぞれにあるものだよなあ。」(寝覚)
    △「ふくろうはねむれないわけではなくねむたくないのではないか。」(古戸暢)

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  11. しぐるるや死なないでゐる(1点)

    ○「いいいですねぇ…。何とも言えない諦観が漂っていて、同時に爽やかな決意もあるように思う。実にわたくし好みであります。死なないでゐる、の部分、死なないという意志ともとれるし、死なないというただの状態にもとれる。どちらにせよ、生きている。そこに恵みの雨降る。いや、ただ、気が滅入る足止めされるかのような雨なのか。どちらにせよ、すごろくの一回休みみたいな休息をくれている。いいいです。好き。」(玉虫)
    △「“死なないでゐる”ということと、生きているということは、多分イコールでないのだろう。この人にとっては。」(寝覚)
    △「死に時というものがある。今日の時雨はまだその時を示してはいない。」(古戸暢)

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  12. ほろほろ酔うて木の葉ふる(1点)

    ○「日本酒がよく似合う名句。お酒、うまいよ。」(祖啓)
    △「いい酒を飲まれたようでなにより。」(寝覚)
    △「秋の夜の景だろう。ほろほろちらちら気持ちいい。」(古戸暢)

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  13. どうしようもないわたしが歩いてゐる(1点)

    ○「わかる、とだけ書いておきます。。。」(白川)
    ○「二番目に好きな句である。自分をどうしようもないものとして捉える。作者の視点は自己の後方に生じた『自己を眺める自己』=『セカンド自分(榎本俊二「ムーたち」)』にある。『どうしようもないわたし』という人物を後方から眺め、指差して笑う。そんな『わたし』なのだから他者や自分を不幸にしても仕方がないのだ、ははは。自嘲であり、自己肯定でもある。あるいは自己欺瞞、ナルシズムともとれる。本当にどうしようもないわたしである。」(働猫)
    ●「どうしようもないと言いつつ、吹っ切ってる感が感じられる。自己肯定の句と感じました。どこがダメというわけではなく、 何と無くだらしない。そんなところに一票。」(知宏)
    △「こちらも昔からとても好きな句で、今回とるかとらないかかなり迷ったんですが、折角なので新しく出会った方の句をいただきました。どうしようもないわたし、それでも歩みはとめない。そんな意志の表れていながら、迷って、困って、ひとりぼっちでうろうろさまよっている感もあり。このおぼつかなさが愛しい。好きです。短い句の中に人生のあれこれをいろいろ感じさせてくれる。好きです。」
    △「それでも、歩く他に無いと、確信しているのだろう。」(寝覚)
    △「なんだかんだで、そんなわたしを肯定しているように思う。私もそのタイプです。」(古戸暢)
    △「「どうしようもないわたし」と言ってしまえば読む側が判断すべきことがなくなってしまうのでずるい。ただ、「どうしようもない」で切るとこの句はすとんと共感できる。」(鴨芹)
    △「その、どうしようもないわたしが、決して嫌いではないというかむしろ大好き……という感じが伝わってくる。この耽溺っぷり、他人事と思えない。」(畦道)

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  14. 捨てきれない荷物のおもさまへうしろ(1点)

    ○「行乞の最中は、前後に荷物を持つ姿だったはず。どうにも捨てきれないいらないものもずっと残っているのだろう。あらゆる状況で共感できて、感動までしてしまう名句。」(知宏)
    △「“まへうしろ”は、その体の前後ということでもあるのだろうけれど、過去未来でもあるのだろう。それを捨てることは、多分誰にもできないだろうな。」(寝覚)
    △「どんな人間であっても、生きるとはこういうことか。」(古戸暢)

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  15. まつたく雲がない笠をぬぎ(1点)

    ○「青空を詠った句は多くあろうが、この句は特に青空を読者に想像せしめるように思う。」(古戸暢)
    △「これも大好きだなぁ。自由律のお見本みたいな句だなといつも思っています。また炎天下にひとりぼっちですよ。視点が情景→自分と動くところも好きだな。こういうふうに短く詠みたい。余計なこと書かれてないのにいろんな気持ちが湧き上がります。素晴らしい。好き。」(玉虫)
    △「雲一つない空にふと気がついたときの感動が、鮮やかに蘇った。」(寝覚)

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  16. うしろすがたのしぐれてゆくか(1点)

    ○「自虐的であることを、ここまで魅力的に表現することは、真似できない。」(祖啓)
    ○「四番目に好きな句である。この句を私は、自分自身を俯瞰で眺めている様子と捉える。榎本俊二が漫画「ムーたち」の中で言及している「セカンド自分」や「サード自分」つまりメタ認知をこの句は端的に表している。本来自分自身のうしろすがたは見えるわけがない。それを見ている自分。そうすることによって自分を客観的に肯定している。あるいは憐憫している。そのように捉えたとき、この句にはどうしようもないナルシズムも漂ってくる。そしてそれがどうしようもない私には好ましい。」(働猫)
    ●「時雨のなか、誰かを見送っているのか、あるいは自分の後ろ姿を俯瞰しているのか。私は後者と読んだ。だだ漏れの自己愛が辛い。」(畦道)
    △「誰の“うしろすがた”なのだろうと思ったが、自分のものだろうか。遠く行く背が消え入りそうだ。それは死に向かっているということなのかもしれない。」(寝覚)
    △「自身を詠んだものか、第三者を詠んだものか。この双方が混ざり合ったところにこの句は落ちるのだと感じた。」(古戸暢)
    △「ひらがなのみで構成されているため、読むといい意味で頭の中が空っぽになってくるような気がする。」(雪兎)

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    1. これも観念的な句。いろいろ語られて来ている句。だけど、個人としてどう感じたか、ここがポイント。僕の場合、現実からの逃避だと感じています。この人は相当に感性的な人で、そしてあらゆる事から逃げまくってたんだろう。うしろすがたは、正に作者本人。しぐれてゆくかで、感動的なまでにうまく逃げている。本当それだけの句。だから良い句だと思う。

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  17. ちんぽこもおそそも湧いてあふれる湯(1点)

    ○「ちょっとぎょっとする字面でもありますが、私は好きです。土臭い魅力に溢れていると思います。棟方志功の世界みたいな光景が浮かびました。プリミティブ。ブラヴォー。」(玉虫)
    ○「なんというおおらかな光景。見えたものをそのまま、ウンコチンチン的な小学生感覚で、言い切ってみせた。偶然なのかなんなのか、十七音になっ ているのもいい。」(畦道)
    ●「作者や他作品と切り離して、これだけを独立して見てみる。そして冷静に考えるならば、やっぱり何言ってんだという感じである。ものごとを純粋に偏りなく見る写生であるのだろうが、私のような俗物からすれば『下ネタじゃん、ぷふー』という感想が先に来る。独立した句として捉えるならやはりこれを逆選にしたい。」(働猫)
    △「風呂に入りたくなった。」(寝覚)
    △「拙句に「おそそ谷だと言って老爺は笑った」がある。今はもうなくなりつつある単語だろう。」(古戸暢)

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    2. 私はこの句を素通りしました。
      私はこの句が自由律の「踏み絵」的な存在になることを恐れています。
      正直、読むのに堪えない句です。でもこの句を支持できなければ
      自由律俳人とは言えない、等というようにならないようにと、
      正直、願っています。言いにくいことですが、私の素直な気持ちです。
      申しわけありません。

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    3. もちろん、この句をきちんと評価をする方を
      中傷する目的があるのでないことは、
      どうかご理解いただきたいです。

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  18. とんからとんから何織るうららか(1点)

    ○「リズムと内容が無理なく合致しており、無限の広がりを感じる。韻文であれば内容はどうでもいいという風潮は、はっきり言って思考停止に過ぎない。」(雪兎)
    △「これもまたリズムが心地良い。ちょっと昼酒昼寝でもしたくなる。」(寝覚)
    △「とんからとんからという擬音をきいたことはないが、昔はそういう表現をしたのだろうか。それとも詠み手の造語か。」(古戸暢)
    △「機織る人ではなくその音を聞いている人の視点。だからリズムが心地よい。」(鴨芹)
    △「調子がよく楽しい。童謡の詞になりそう。」(畦道)

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  19. おちついて死ねさうな草萌ゆる(1点)

    ○「ちょっとナルシスティックな印象もありますが、好きな句。死ぬ、って気取って言ってるけど、疲れ果てて休みたいってくらいの意味じゃないかな。よく分かります。疲れた体を引きずって孤独に歩いていたら、柔らかそうな若い草が繁っているところをみつけたのですね。春の日差しを浴びながら、存分に休んでおいきなさい、と声を掛けたくなるような、自分が読み手になって草の上に長々と寝そべりたいような気持ちになります。肉体的に気持ちのいい句。好きです。」(玉虫)
    △「春めいてきた草原。涼やかな風も吹いているかもしれない。なるほど、確かに落ち着いて死ねそうだ。」(寝覚)
    △「静かな描写である。この句を詠みきった時、詠み手の頭に死はあったのだろうか。」(古戸暢)

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  20. 鉄鉢の中へも霰(0点)

    ◎「鉄鉢のなかに霰が落ちる、音を詠った句だという点に着目した。今回多用されている擬音・擬態をあえて使わなかったのが本句の場合よかったので はないか。どんな音がするのだろう、と読者に想像させる余地を残しているのだ。」(畦道)
    ○「浄財の入った鉄鉢にも霰、人生の悲しみにも霰、自然が自分とは関係なく存在しているんだという自分が持たない恒常性を自然に見いだした、そんな風に思います。」(白川)
    ●「そりゃあ入るだろう。いや、それだけの句では無いのだが、そう思ってしまったので、しょうがなく逆選にする。」(寝覚)
    ●「もはや鉄鉢にぴんと来ない世代なのであった。」(古戸暢I
    ●「短律としては少々言葉が弱い。このような句は背景があって初めて輝き出す。それを責めはしないが、そのようなものしか残らないジャンルはいずれ滅びるだろう。短歌のように『詠み人知らず』でも通用する作品を多く出してこそ、世に根付いたと言えるのであり、それこそが自由律というジャンルの本当の繁栄なのではないだろうか。」(雪兎)
    △「これもいいいいなあああああ。実際にこういう情景を目にしないと絶対出てこない句ですね。これも圧倒的な自然の中に圧倒的にひとりぼっち感がいい。憧れる。好きです。」(玉虫)

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    1. 鉄鉢の中に霰が落ちるのなら当然自分も霰に打たれているはずだが、敢えて鉄鉢だけにスポットを当てたのは良いと思う。ただ、そうであるならば「も」は無い方が良かったのでは。

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  21. 雨ふるふるさとははだしであるく(0点)

    ○「リズムが心地良い。その心地良さは、そのままこの句が言う心地良さでもある。」(寝覚)
    ●「ふるふるが二回続いて読みにくい。日本語が読めない人に対する配慮に欠ける。」(祖啓)
    △「身も心もかぎりなく冷たい里帰りとなった。」(古戸暢)

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    1. 「ふるさとは」の「は」がなければ心地よいと思うのだが、当然そこは意識した上で「は」を入れているのだろう。

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  22. 空へ若竹のなやみなし(-1点)

    ●「逆選って、今回スゴい難しいんだけど、どうしても選ぶならこれかなーと。まんまだよね、っていう。でもこの句好きか嫌いか言われたら好きなんだな。ただストレートすぎてちょっとほかのに比べるとアレかなーという感じしますね。」(玉虫)
    △「ひたすらにまっすぐ伸びてゆくその様に、悩みある身は憧れるのだろう。個人的には、悩み多くてこそ人間だと思うのだが、そういうものに憧れを抱く気持ちは分かる。」(寝覚)
    △「悩んでばかりでは先へ行けない。若竹よ、せめてお前はぐんぐん育て。」(古戸暢)
    △「すべての子供に贈りたい句である。」(雪兎)

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  23. 歩きつづける彼岸花咲きつづける(無点)

    △「道はずっと続くよ、ひとりぼっちでずんずん行くよ、な、いつものイメージ。真っ赤な彼岸花が目に浮かぶようですね。単純にこういうのいいなと思います。好き。」(玉虫)
    △「彼岸花は知識としてしか知らないが、それでも、彼岸と入っているだけに、死を意識せざるを得ない。歩く先、生きる先には必ず死がある。“歩きつづける”ことは、きちんと死に向かっていくということなのかもしれない。」(寝覚)
    △「どこまでも彼岸花が咲いている道を歩いてゐたのだろう。あるいは詠み手の心象風景か。この道はどこで終わるのだろうか。」(古戸暢)
    △「それぞれにそれぞれの役割があるということが端的にわかる句。」(雪兎)

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  24. また見ることもない山が遠ざかる(無点)

    △「脇目ふらず行くのか、それとも二度は行かない(見ない)山なのか。どちらにせよ、山から遠ざかっているのは自身だと思うのだが。」
    △「これもひとつの一期一会。「山が」としたところに、詠み手の感情を見る。」(古戸暢)

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  25. あの雲がおとした雨にぬれてゐる(無点)

    △「少しセンチメンタル過剰だけれど、嫌いではない。」(寝覚)
    △「五七五の韻となった。あの雲を追って歩みを続けよう。」(古戸暢)
    △「遠いあの雲ともつながれた喜び。」(雪兎)

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  26. 酔うてこほろぎと寝てゐたよ(無点)

    △「こおろぎが出てくる句に個人的にヨワいのですw 好き。」(玉虫)
    △「酒はいいですね。」(寝覚)
    △「野宿をしているとこういうことがよくある。これはこれでなかなか気持ちいいのだが、日常となるとどうだろうか。」(古戸暢)
    △「これは気持ちよさそう。」(畦道)

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  27. いつまで旅することの爪をきる(無点)

    △「この度の果てのなさを思うと目が眩む。」(寝覚)
    △「人生とは旅である。」(古戸暢)

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  28. 寒い雲がいそぐ(無点)

    △「読めない。“いそぐ”と言う他ないだろう速さは伝わった。」(寝覚)
    △「「寒い」を「雲」にかけるかどうか。私はかけて読みたい。寒い雲なんていいじゃあないか。また、いそぐの主体については、雲だけでなく、己か他の誰かと読んでもいい。」(古戸暢)

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  29. いそいでもどるかなかなかなかな(無点)

    △「誰か待たせているのだろうか。ヒグラシの鳴き声に急かされているかのようだ。」(寝覚)
    △「夏の急用を滑稽に詠んだ句ととらえた。かなかな林を抜けて行く。」(古戸暢)

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    1. 好き嫌いで言えばこの句が一番好きだ。

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  30. ひよいと四国へ晴れきつている(無点)

    △「ひょいとは行けない我が身を省みて、うらやましくなった。」(寝覚)
    △「この軽さが面白い。渡るにはちょうどよい天気である。」(古戸暢)

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