猫を飼うと決めた秋の雲の下を急ぐ
両手で包める命が爪立てている
かげもくろねこ
生き物の飼い方は、だいたい二種類に分かれる。第一に、生き物本来のガッツを最大限に引き出す法。必要最低限の食料と環境を与える他には、何もしない。要は放任主義である。第二には、必要と思えるものは全て与え、人間の創り出せる環境は全て創る、という飼い方。人間に喩えると、前者は子供を公立の学校へやり、後者は私立へ行かせる。前者は伸び伸びと育つままに育て、後者は最高の環境を与えるぶん、躾けにも厳しい。
うちには八歳のリクガメ(甲長12センチ♂)と、生後三ヶ月の黒猫(体重1.6キロ♂)がいる。このリクガメを購入したペットショップの主は、あきらかに前者だったと思う。申し訳程度の紫外線灯と保温電球をつけた水槽に、同じ種のリクガメが数匹売られていた。最初その店を通りかかったとき、私は「リクガメは何を食べるんですか」と店主に聞いた。すると店主は、店の前の道路端からぶちっと無造作に雑草を引き抜き、リクガメの水槽に放り込んだのだった。なんでも食べるんですよ、とのことだった。
私はこの店からリクガメ1匹と、飼育道具一式を購入した。後でよくよく調べてみると、飼育道具は最初買っただけでは全然足りず、その店主が与えた草のなかには、どうもリクガメが食べてはいけないものも交じっていたようだ。
それでも、リクガメはどうにか生きていたのだ。それどころか、食べ物の選り好みをしないため、たいへんに飼いやすいのである。飼育書やカメ飼いの方のブログなど見ると、リクガメは環境の変化に弱く、飼い始めは何日も餌を食べなかったりするそうなのだ。その点、うちのカメは図太く、飼育初日から食欲も旺盛だった。それというのも、あんまり褒められたものではないが、ペット店の主によって生きるガッツを最大限、引き出されたお陰だと思う。
そして先月から我が家の一員となった黒猫も、どちらかといえば『公立』の出である。先住猫が3匹いるところに5匹の子猫が生まれ、そのなかの1匹をもらってきたのである。こちらの猫も、食欲は旺盛だし、とても元気だ。
猫に牛乳を与えてはいけない、とよく言われる。猫の腸には牛の乳を吸収する機能がなく、お腹を下してしまうというのだ。ところが黒猫の前飼い主は、大丈夫だという。親猫も牛乳で育っていて、母乳からその成分が出ている。なのでお腹を下すこともないのだという。と言われても試しに牛乳を飲ませてみる気は全くなかったが、そのぐらいでへこたれない根性、というのはこの前飼い主が育んでくれたと思うべきだろう。
かく言う私も公立高校卒、ほぼほったらかしで育った。ガッツと呼べるものがどれだけ育っているかは疑問だが、とりあえず持ち前の業とでもいった、細々としたものだけを武器に、俳句なんぞひねっている。
一方、幼稚園から私立で大学は文学部卒、でもって大きな会社に勤めながら「趣味は俳句でございます」などという人も、世の中にはゴマンといるのである。どっちがいいとか、どっちが正しいとかいうのではない。両方あって、世界は廻っているのだ。
リクガメと黒猫は我が家の一員となった途端、私立の方に転入した趣である。生き物を育てるにあたって、私の妻は食料にも環境にも、最大限の配慮をする質なのだ。その割に私は相変わらずほったらかしなのであるが、雑草で育って四十ン年では、さすがの妻も手の施しようがない、というのが正直なところなのだろう。
「両手で包める命が爪立てている」
返信削除「かげもくろねこ」と迷いましたが、この句をいただきます。
爪を立てられて起こる痛みが、自分の命にも伝わって、俺もこいつも生きてるんだなぁと実感する、そんな命の響き合いが愛おしいです。
私も育ちは公立です。たまに中退しかけましたが…(笑)
猫を飼うと決めた秋の雲の下を急ぐ
返信削除この句いただきます。
決心の強さを感じました。
急ぐという言葉の切迫感が、命に続いている気がします。
猫を飼うと決めた秋の雲の下を急ぐ
返信削除両手で包める命が爪立てている
いただきました。
「猫を飼う」の句からは、嬉しさと不安の両方が伝わってきます。
「両手で」の句からは、愛おしさを感じました。
末永く、彼に幸あらんことを。
>藤井雪兎様
返信削除生きてるんだなあとの実感、まさにその通りです。
排泄物の片付けに追われたり、朝早く起こされたり。
実際はいろいろとたいへんなことが全て、愛しいです。
>渋谷様
もう何年も前から(飼いたいなあ)と思っていて、
踏み切れずにいました。
近所に子猫が生まれ、それが決断のきっかけとなりました。
よい出会いに感謝したいです。
>koto様
生き物と暮らすとは、(可愛いなあ)だけでは済まされず、
命に対する責任が伴うものだと、改めて感じています。
うちに来てよかった、と思ってもらえるようになりたいです。
句評への返信というより、猫ブログの掲示板みたいになってしまいました。
すみません……。
皆さん、ご高覧感謝致します。
この随筆は、つれづれなるままで面白いですね!
返信削除育て方・・・・、うーん、うちの家系は、完全に前者のタイプだったので、
後者のタイプの人と居ると、その価値観の違いにびっくりしますね。
・かげもくろねこ
影だけで、種類がなんとなく、クロネコ独特の・・・・、
うーん、これを採ります!
>トロピカル祖啓様(笑)
返信削除飼ってみて気づいたのですが、黒猫は写真に撮るのが難しいです。
お採り下さった一句も、逆光で影だけになった猫の写真を見て作りました。
つれづれなるままに……楽しんで頂けたなら何よりです。