2013年12月25日水曜日

今年一年を振り返る


馬場古戸暢の場合


・自選五句
春風の寝湯に浮かぶ
すれ違う赤子が咳をした
子の声して麩が散る池
亀の顔出る波紋
蚊がおる秋のテラスにおる

・他選五句
雪が雨になって夜はこんなに暗かった
やすい肌に埋ずまる
小さな手のまま老いる
いっしょのみちはみじかいゆうぐれ
墓の花挿しの熱い水を捨てる

※総評
自選五句は、鍛錬句会に投句したものより。
他選五句は、記憶に残っていたものより。いずれの句も、私の日々の暮らしのうちに息づいている。


小笠原玉虫の場合


【自選五句】
墓の花挿しの熱い水を捨てる
空き家の窓の夜より暗く
先に寝てしまった雨強くなる
ロキソニン飲んで今日はまだ木曜
有休とって芯まで腐っている

【他選五句】
抱きしめられ剃刀の落ちる  藤井雪兎
雪が雨になって夜はこんなに暗かった  畠働猫
膿み月に千鳥足がゆく  畠働猫
この雨は新宿の地下水となる立ち止まる  藤井雪兎
まだ死ねず透けるまで米研ぐ  地野獄美

※総評
今年の三月から参加させて頂いております。
アぽろんで楽しくやっていたのですが、当初の想像以上に俳句を好きになってしまい、もっと厳しい場所に身を置いてみたいと思ったのが入会のきっかけでした。
想像以上に厳しい場所で、毎月オロオロしながら投句させて頂いておりますが、怖いと同時に素晴らしい刺激を受けて、すっかりやみつきに。
こうして見返してみると、ちょっと分かってきたかな?などと思い始めた5?8月の句が一番酷い。赤面物です。
自選は、そんなボロボロな私ですが、比較的評判がよくて嬉しかったものを集めてみました。
他選は、鍛錬句会の度にほかの鉄塊衆の皆様の句が素晴らしくて、毎回酷くショックを受けているのですが、中でも、選句表を再読することさえ怖くなった良句をあげさせて頂きました。
雪兎さんは「蒸留された情念」とでも言いたくなるような澄んだ表現が好き。
働猫さんは独特の水気を含んだ豊饒なエロスが好き。
地野さんは一見クールな表皮の下の、冷たい炎とでも言いたいような激しさが好き。そして選評も素晴らしい。鉄塊の選評のレベルがぐっとあがったのは、地野さんのおかげだと考えております。
鍛錬句会で鉄塊衆の皆さんの新作を拝見するの、毎回とても楽しみにしております。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。



風呂山洋三の場合


【自句五選】
裸の木の掴もうとする空の夢
庭の真ん中紅く紅く紅く山茶花
初めての空泳ぐ真鯉は俺だ
これはA型の青田だ列の乱れのない
隣の庭の薔薇を覗く冬の俳人です

【鉄句五選】
君と僕しか知らない炬燵の下である 知宏
生足増えて春はもうすぐ 古戸暢
電話鳴るたび電話代お安くなる話 鴨芹
腕前のいい人を呼び止める採血室 玄齋
離婚届出してきた並玉子味噌汁 雪兎

※総評
自句は海紅から。上の四句はいずれも海紅編集部薦のもの。五句目は今月の海紅俳三昧での句です。山茶花の句が一番のお気に入りです。
鉄句は私が参加する前の四ヶ月分から選びました。T宏さん、古戸暢、鴨芹さんの三句はどれも日常のひとこまを巧みな観察眼で切り取った句だと思います。また、玄齋さんの句に関しても、恐らくは彼にとってのありふれた日常なのではないでしょうか。逆に、非日常的な状況のなかに日常を持ち込んだのが雪兎さんの句。いずれも唸らずにはいられない秀句です。私もこんな句が詠めるよう精進していきます。来年も宜しくお願い致します。



藤井雪兎の場合

(自選五句)
抱きしめられ剃刀の落ちる
離婚届出してきた並玉子味噌汁
いただきまテーブルを叩く
土下座の頭に蚊の止まる
ウルトラマンの尻ばかり見ている夜長

(他選五句)
誰に会おうと普通になった故郷だ (中筋祖啓)
別れを惜しむ二人の間を駆ける俺だ (馬場古戸暢)
着飾って股開いて眼が死んでる写真を見ている (小笠原玉虫)
のれんの奥の懐かしい声ひと呼吸置く (風呂山洋三)
秋の朝からみんな鼻血出とるで (十月水名)

※総評
今年はひたすら句のリアリティについて考えていた年でした。私にとってリアリティのある句が他の方にとってはそうでもないという厳然たる事実を突き付けられる度に、まだまだ自分は人間や世界の「核」、あるいは「骨組」のようなものに届いておらず、同時にまた、季語を使わないのであれば、俳句の理想の境地はそのような「絶対的な理(ことわり)」なのではないだろうかと考えるようになりました。
また今年は、訳あって鉄塊を退会される方や、お休みされる方もおりましたが、新しく畠働猫さん、小笠原玉虫さん、風呂山洋三さん、地野獄美さん、そして十月水名さんにご参加いただき、鉄塊、そして自由律俳句の広がりを強く意識した年でもありました。来年は自分の理想の句境を目指すと同時に、それが果たして本物かどうかを、他の鉄塊衆の皆様との句会を通じて確認していきたいと思っております。



十月水名の場合


◇自選五句
・県境のホテル・ジュ・テームあかとんぼ
・秋風よ傾ゐてゐる芹明香
・吉田なら吉田でいいや花曇
・だだっ広い野原があって野比のび太です
・もう折れないくらい白い紙を折りたたみながら夜を待つ

◇他選五句
・何のおまつりかは関係ない犬がきた 【渋谷 知宏】
・少しつめたいからだ出てった春の朝はやく 【天坂寝覚】
・ひかりのなかでおもいだすひかり 【藤井雪兎】
・この公園は制圧されたモデルガンの子供たち 【風呂山洋三】
・死んだのは妹の方です服を脱ぐ 【藤井雪兎】

※総評
 「鉄塊」入会(十月)後、自由律を意識して作り始めたので、自選は有季定型の方が多くなってしまいました。ご容赦を。振り返ると自分は固有名詞が好きなんだなとあらためて感じました。固有名詞の長短には作句の際、かなり振り回されましたが「県境の」「秋風よ」「だだっ広い」はどうにかまとまったかな、と思っています。
 他選五句は、ぶっそうだけどどこかユーモラスというか、寂しくてナンセンスなものが多いような気がします。特に「何のおまつりか」「死んだのは」は、意味はよく分からない。でも口をついて出てきそうな句です。この微妙な分からなさが寂しさなのかな、なんて思った次第です。




中筋祖啓の場合


自選5句
・雪が降るようにしてねらう
・感傷にひたってばかりもいられない
・ただ単に一人になりたい時がある
・ほうれんそうの神様の爪の垢を煎じて呑みたい
・虹色に暮れてゆくのが農村だ

他選5句
・いただきまテーブルを叩く 藤井雪兎
・異動する部下のあいさつ冷静な俺でいた 風呂山洋三
・無頼派からお中元がきたよ 松田畦道
・失い終えた者から、もう帰ってよい 畠働猫
・なんか言って果てたセミ 渋谷知宏

※総評
今年一年を振り返ってみましたところ、一番良かった自句は「雪が降るようにしてねらう」でした。
どうも、この句が無性に良かったようです。
自選のそれ以外の4句は、内容的にどうしても外せない物を残していったらこうなりました。
他選5句は、なぜか、記憶に残ったものを残していったらこうなりました。全体的に、思い込みを手放す瞬間をとらえた句が選句されたように思います。
今年一年を振り返りますと、スカイプを通じて古戸暢さんの生態系を知ることができた事と、また、働猫さんの人生観に、色々と考えさせられた事とが印象的でした。
また、地野さんと遭遇し、屍派について直面する必要が出てきました。来年は、これに取り組んでみたいです。


畠働猫の場合


【自選】
 雪が雨になって夜はこんなに暗かった (働猫)
 膿み月に千鳥足がゆく (働猫)
 吐息かさねて月を研ぐ (働猫)
 失い終えた者から、帰ってよい (働猫)
 まだある鼓動聞いて眠る (働猫)

【他選】
 ひび割れた眼鏡で時間通りに来た (藤井雪兎)
 後は土になる花があかい (天坂寝覚)
 もう動かないひとを乗せてサイレンが優しい (松田畦道)
 はばたいたミサゴは必ず次へ行く (中筋祖啓)
 墓の花挿しの熱い水を捨てる (小笠原玉虫)
 合わす手の隙間から風冬が来る (タケウマ)

※総評
 自選については、鍛練句会・VT句会に出したもののうち、気に入っているものを。
 何度か最高得点句となったものはあったが(自慢)、そのうち自分でも納得できているのは、「雪が雨になって夜はこんなに暗かった」1句のみ。
 これは「できた」句であり、同様に「できた」ものは今までに数えるほどしかない。
  その他4句については、得票こそ少なかったものの、自分では気に入っているものである。
 こうした句に、参加者中でたった一人、注目してくれていたりすると、とてもうれしい。
 わかってもらえた、伝わった、という気持ちになるからだ。
 しかし、振り返ってみると自分の好みと他者選はなかなか一致しないものである。
 「トリケラトプス」の句など、自分では本当に好きな句なのだが。
 
 他選については、鍛練句会で特選にとったものの中から、特に印象深いものを選んだ。
 鉄塊所属者の句より5句。
 また、第十九回句会においてご招待した「タケウマ」氏の句から1句。

 ▽「ひび割れた眼鏡で時間通りに来た (藤井雪兎)」
 雪兎句には、こうした少年ジャンプ的コミカルさが表れることがある。
 それはそれで好ましく、こうして特選にとっていたりするのだが、この1年を通じて感じているのは、彼の本領はそうした句ではないということである。
 人によっては「怒り」と表現するであろう、「未来への咆哮」のようなものこそが、藤井雪兎の本領であろうか。

 ▽「後は土になる花があかい (天坂寝覚)」
 私の鉄塊加入のきっかけが、この寝覚による勧誘である。
 誘っておいて自分は抜けるという、性質の悪さをここで暴露しておくべきだろう。
 ともあれ、この1年は鉄塊に参加して、さまざまなものを得ることができた1年であった。
 そういった意味で、寝覚には深く感謝している。
 寝覚句についての他者評を見るに、そこにはある種の「諦観」が読み取られることが多いのではないか。
 しかし自分は彼と連れ句を交わす(極めてストイックな)行為の中で、もう少し違う印象を抱いている。
 寝覚句には「自他の間にある違和に気づいてしまう繊細さとそれを諦めきれない純粋さ」がよく表れるように思う。
 それは言いかえるならば「世の中に拗ねている子供」ともいえるかもしれない。
 挙句においても、「後は土になる」という無常に一見納得しているようであるが、あくまでも今注目しているのは、その花の「あかさ」(赤、明るさ)である。
 しかしそれをただ単純に愛でることができず、同時に「どうせ失われてしまう」と傷ついてしまうのである。

 ▽「もう動かないひとを乗せてサイレンが優しい (松田畦道)」
 私が鉄塊に参加することを決めた理由の一つが、畦道の存在であった。
 ツイッター上に流れる様々な句の中で注目していた方であり、その「知性に根ざした静寂」には、鉄塊に参加する前から強く惹かれていた。
 寝覚同様、今現在ともに鉄塊の句会を持つことはないが、今後とも注目したい存在である。

 ▽「はばたいたミサゴは必ず次へ行く (中筋祖啓)」
 祖啓句の独特な世界がはじめは理解できなかった。
 しかし北海道岩見沢での邂逅により、その作句の背景にあるもの「原始の眼」を知った。
 祖啓句の特徴は「原始の眼による世界の再構築」であろう。
 自分の「末期の眼」とは異なる視座であり、そこから紡ぎだされる世界は非常に興味深い。
 のみならず、挙句は非常に前向きで雄々しい。イケメン句であると思う。

 ▽「墓の花挿しの熱い水を捨てる (小笠原玉虫)」
 玉虫句には「溢れ出てしまう抒情」を感じる。
 時としてそれは「語りすぎ」「冗長」となってしまう場合もあるが、挙句のように、それを語らないことに成功したとき、名句が生まれるようだ。
 しばしば悲観的・破滅的とも思えるような、その女性らしい感性・情緒は、語らずとも句の背景に黒々と渦巻いて、溢れ出ようとしている。
 それをコントロールできれば、常に名句が作れるのだろうが、それを意識した途端、つまらない自己模倣に陥ってしまうかもしれない。
 難しいものである。がんばってください。

 ▽「合わす手の隙間から風冬が来る (タケウマ)」
 鉄塊所属以外の創作者の中で、自分が注目している一人であり、ご招待した第十九回鍛錬句会では、まさにタケウマ無双のご活躍であった。
 タケウマ句の魅力はこの句に見られるように「二物笑撃に隠した甘やかさ」である。
 ご自身が「俳句は何も考えずに作れるから好き」と語られるように、その句では取り合わせの妙・おかしみを発見・表現した句が多い。
 しかしそうした句群の背景には、こうした甘やかさが見え隠れする。
 以上

 

地野獄美の場合


自選五句

抑える手も震える手である
壊れた友を横から叩く
歌、隙間風より小さく
謝れない男に外から鍵かける
最後の石がずっと燃えている星空

他選五句

十年後に完成するはずの廃墟  玄斎
『いい歳して、廃墟に暮らしたいなんて思いはさすがにもうない。でも、どこかでずっとあの廃墟をうらやましいと思っている。廃墟はすべて、忘れられた誰かの居場所だ。そこには、理由あって捨てられた愛着と暮らしがある。未完の廃墟……着工されてなお置き去りにされたあの姿を、そう詠むか。なんという喚起力』

事故車の隣で笑顔だ  雪兎 
『あまり詳しくは書けないのだが、若いころに高速道路で車が中央分離帯に横転してのりあげる大事故をおこした。本当に、見る影もない愛車を廃車置場で見たとき、なぜだか笑いがこみあげてきた。笑えたのは、きっと生きていたからだろう』

この店に決めた夏のにおいのする  洋三
『匂いで選ぶ。その繊細な感覚。夏の匂いを想像する。青葉の道に混じる海の匂い。人それぞれにあるちがう匂いの記憶に訴えかける』

地球儀を指で止めてここへ行きたいここで死にたい 畦道
『死に場所くらい自分で選びたいけど、いますぐ死にたいわけじゃない……そんなときに便利なのがこの、地球儀!』

墓の花挿しの熱い水を捨てる 玉虫
『替えている水の温度に、長かった一年のことを思う。あるときは冷たく、あるときは熱く。誰が来て、誰が去ったか。注ぎなおして透き通るこの水もまた、捨てられた水と同じ水だ』

 今年の感想

今年から共に鉄塊で自由律を探求することにした地野です。
ちゃんとご挨拶もできないまま、日々が過ぎてしまいましたが、こうしたかたちでみなさんの過去の句に目を通す機会をいただけたこと、うれしく思います。自分の句の方は、まだはじめたばかりで数も少ないですが、やはり定型俳句ではなく、自由律の中から選びたいと思って、選びました。みなさんの句も、本当に選ぶのに苦労しましたが、選んだものはもちろんのこと、最後まで自分が選べなかった句の方にこそ、まだ見ぬ自由律の奥深さや秘密があるのだと思っています。世間知らずですが、来年もよろしくお願いいたします。
 

3 件のコメント:

  1. 地野さんへ

    この企画は選句が無いので、先に揃っている原稿を掲載をさせていただきました。
    また、後日、地野さんの原稿も届き次第、追加でアップしたく存じております。
    何卒、よろしくお願いいたします。

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  2. 祖啓様。原稿・選句が遅れてしまって、大変申し訳ありません。恥ずかしながらまだ仕事納めとならず、焦っている状況・・・皆様の句を振り返るよい状況ですので、年内に必ず投稿させていただきたく思います。

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  3. 地野さんの原稿が無事、届きました!
    これで、みんなの力が集結しました。

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